本の古めかしい匂いと、カーテンの隙間からこぼれ落ちる日差し。ミーンミーンと蝉たちの大合唱が、うっすらと聞こえてくる。揺れるクリーム色のカーテンが、余計に居心地の良さを増していた。
「リンゴ飴、遙かな大地、細雪、かりんとう」
床の冷たさが、ズボン越しに伝わってくる。暑い夏にとって、静かで、しかも涼しい図書館は外に出ない僕たちにとって最高の空間と化していた。
「ハニー・マスタード、古ぼけたCD、パンプキンパイ」
本のストーリーと彼女の呟きが交互に入ってきて、どんどんとこの空間に吸い込まれていって居るような、そんな気がした。
「富士の樹海、茶色の封筒、ロールケーキ」
僕も一つ、呟いてみる。急な僕の呟きに気を取られたのか彼女のページを捲る手が止まると、二人顔を見合わせて、お互いにはにかんだ。
彼女は視線を本に戻すと片手を床に置き、もう一方の片手で本を支えた。
白い小枝のような彼女の手は木目調の茶色の床に落ち、存在感を放っている。
そんな宝石の様な彼女の手を隠すように、僕も片手で本を支えるともう一方の手を彼女の手の上に被せた。
彼女の手は柔らかく、すべすべしていてとても触り心地が良い。アンの手は、こんなに綺麗ではないだろうな、と思った。
「春、しおり、ストロベリー・スコーン」
彼女は茶化すように一言そう呟き、器用に片手でページを捲った。
「バター」
そう短く返すと、僕も片手でページを捲った。最初は出来なかったけど、慣れてしまえば問題無い。
不意に、少し開けられた窓からカラッと乾いた夏風が吹き込んでくる。
クリーム色のカーテンは風で軽く押されると、ふわりと弧を描いた。
床に広げられた彼女のスカートが波立って、バタバタと音を立てる。
それを見た彼女は、クスッと笑った。
夏特有の暑い空気は図書室全体に広がり、それが冷房によって冷やされて陽だまりのような心地よさに変わる。
そんな心地よい空気に絆されて、僕と君だけの小規模な世界は春が訪れたかのように、静かでゆったりとした時間が流れていた。
「新聞紙、篠笛、リングノート、フルーツカクテル」
彼女の呟きが耳に入ってきた。それはまるで小鳥のさえずりのように、同じ鳥である僕だけにしか聞こえない言葉で、鳴いていた。
この世界には、二人しかいない。
それでも、僕はこの世界がたまらなく好きだった。

