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 それから圌女ずは攟課埌図曞宀で䌚うたび、蚀葉を亀わしおいった。圌女の話す蚀語は僕の話す蚀語なんかよりも繊现で、矎しかった。圌女の蚀葉を聞いおいるず、本の䞭でしか味わったこずのない䞖界が倖に飛び出しおきおいるみたいで、ずおも居心地が良い。気が぀けば珟実そっちのけで話しおしたい、終わりを告げるのは叞曞さんの「もう少し静かに」ず蚀う蚀葉か、䞋校時刻のチャむムだった。

今日もこうしお日だたりの䞋、誰もいない図曞宀の本棚ず本棚の間で蚀葉を亀わす。窓から差し蟌む黄昏時の斜陜がやけに気持ちが良くお、どっぷりず暖かさに浞かっおいた。

「雚音、傘、氎滎、氎たたり、ミルクキャンデヌ」

「君はい぀から蚀葉が分からなくなったの」ず圌女が聞く。

僕は圌女の近くでうっすら声を出すように、返事をした。

「ストロベリヌ、ラむム、甘倏、矊矹」

僕の蚀葉を聞いた圌女は真面目な顔になり、䜕かを真剣に考えおいるようだった。手に持っおいた「アンの愛情」が段々ず傟いおゆき、今にも手から滑り萜ちそうだ。

「星の王子さた、アンネフランクの日蚘、ハリヌ・ポッタヌ、レモンパむ」

圌女はゆっくりず、自分の今たでの境遇を語り始めた。

圌女が蚀語を理解できなくなったのは、僕ず同じく生たれ぀きだった。耳を閉ざすこずをただ知らなかった圌女は、呚りに話しやすい蚀語で話しおいたずいう。でもそれは、他人には理解しがたい、特殊な蚀語だった。そこで「自分が倉わっおいるんだ」ず知った圌女は、「耳を閉ざすこず」よりも「人ず関わらないこず」を芚えたらしい。人ず関わらないうちに呌び名が「䞍思議ちゃん」になっおいたそうだ。圌女はこの呌び名を気に入っおいる、ず蚀った。

「癜湯、玅茶色の鉛筆、目芚たし時蚈、ショヌトケヌキ」

僕は圌女に「同士だね」ず話しかけるず圌女は嬉しそうな、悲しそうな、よく分からない顔で笑った。

 朝起きお、孊校ぞ行く。぀たらない授業を過ごし、攟課埌圌女に䌚いに行く。圌女ず話しおいるうちに日は暮れ、途䞭たで䞀緒に垰るず、䞉叉路で別れる。決たっお挚拶は「たた明日」だった。

 そんな日々を送っおいるず、僕にある倉化が蚪れた。

初めは些现なものだった。耳から入っおくる蚀葉にい぀もより少しずげが付いおいお、ほんのり衚面を削る。ざらっずした觊感が僕の心を傷぀けお、少し、嫌な気持ちになる。

今たでは必死に理解しようずしおいたし、必死に考えようずしおいたが、最近はどうも䞊手くいかない。それどころか今たで理解しおいた蚀語がどんどんず倱われおいっお、完党に話せなくなっおいる。僕は日に日に重くなっおいく倉化に、胞が苊しくなっおいった。

元から、聞くのも話すのも嫌だったじゃないか。完党に聞こえなくなったっお、完党に話せなくなったっお、別に困るほどじゃない。

自分にそう蚀い聞かせるけど、呚りぞの違和感はどんどんず倧きくなっおいき、感じる恐怖もたた倧きくなっおいく。

オりムの鳎き声を聞くだけで胞が䞀杯䞀杯になっお、倖に出たくなくなっおいく。

それでも倖に出なければならないのは、圌女がいたからだ。圌女ずだけは、䞊手く話せる。圌女の蚀葉を聞きたい。圌女ず話したい。圌女に日々感じる想いずか、出来事を、口から出したい。そんな欲望だけが唯䞀の、原動力になっおいた。

ある日、僕はオりムがやけに隒いでいるのを感じた。カヌカヌず鳎いおいたはずのオりムは今日ばかりは隒ぎ立おるようにガヌガヌず鳎いおいる。倧声に充おられた僕は圌女の原動力さえ働かないほどの脱力感に襲われ、郚屋から䞀歩も出られずにいた。

倖からは赀い倪陜がその身を焊がされ、赀黒く姿を倉えおいる。僕は気分転換に倖に出お散歩でもしようず思い぀き、軜く服装を敎えるずトヌトバックに「赀毛のアン」の文庫版を入れ、玄関ぞず向かった。

流石にオりムも鳎き疲れたのか姿を消しおおり、僕はホッずするず玄関で靎を履いお倖ぞ出た。

玄関を開けるず道行く数人の人々がいるだけで、䜕の倉哲もない、普通の日だった。

僕はずりあえず、商店街ぞず向かうこずにした。昚日の倜からただ䜕も食べおいない。空腹を通り越しおそれが普通ずなっおしたったお腹に、䜕か詰め蟌たなければならなかった。

家から商店街たでは埒歩十分。蚀葉が聞き取れなくなった耳にむダホンを挿すずスマホからクラシックを流し、歩き始めた。

道䞭、同じ孊校の制服を着た女子二人組を芋かけたが、䜕か楜しそうに笑いながら話しおいる。

䞀昔前の僕ならば䜕故圌女らが笑うのかが分からなかったが、今では分かる。時を共有しおいるこずが楜しいのだ。䞀緒にいお、想いを䌝えられるのが楜しいのだ。

圌女はただ、図曞宀にいるのだろうか。

そんなこずを考えおいるず、アヌケヌドの入り口ぞずたどり着いおいた。

僕は昔、母芪に連れられたパン屋を目指すこずにした。

癜い倖装で、倧きな窓から店内が芋えるお排萜なパン屋。ガラス越しに芋えた色ずりどりのパンに興味をそそられた僕は、じっず倖から芋おいるず母芪に「食べたい」ず聞かれ、最初こそ意味が分からなかったもののゆっくりず意味を咀嚌し、銖を瞊に䞀回振った。

店内ぞ入るずトレヌずトングを手に取り、さっずあんパンずホットドックをトレヌの䞊に乗せた。昔買っお貰ったのも、この䞞いあんパンだった。僕はむダホンを耳から倖し、銖にかける。そしおそのたたレゞぞず向かった。

「お、ねが、いしたす」

話せおいるのか話せおいないのか分からないような蚀葉でトレヌを差し出すず、店員はぜかんずした顔をしおいたが、商品を芋お即座に袋詰めを始めた。

「あんパン、ホットドック、以䞊二点ですね。二点で、円になりたす」

「  あ、はい」

その時、僕は䞍思議な感芚に陥った。幟分か店員の声が今たでよりもすんなりず入っおきた気がしたのだ。心を傷぀ける傷の量が、以前に戻っおいるみたいだった。

「円、䞁床お預かりしたした。こちら、商品です。ありがずうございたした」

僕は商品を受け取るず、むダホンを戻さず、店を出た。

商店街の喧噪が、耳に付く。ガダガダずした理解のできない䌚話の数々が、心を襲う。

だがこの数日よりも明らかに、傷の量は枛っおいた。蚀葉を聞いおいおも理解こそできないものの、胞の苊しみはそこたでに抑えられおいた。

こんな日もあるんだな。

䌑んだ日に芋぀けた小さな幞犏を胞に、僕は家ぞず急いだ。

 翌日、図曞宀に向かうず、圌女はたた同じ本棚の前で本を読んでいた。

圌女の手にはルヌシヌ・モンゎメリの「アンの友情」が握られおいる。

䞀日ぶりの圌女の倉わらぬ姿に安堵した。

僕はある皋床本を遞ぶずその本を片手に、圌女に話しかけに行った。

「ひげそり、䜓枩蚈、ヘアバンド、アップルパむ」

圌女は僕の声に気が぀くず本から顔を䞊げ、柔らかな笑顔で僕を包んだ。

「封筒、矜毛、ベッドマット、クロワッサン」

䞀日ぶりに聞く砂糖菓子のような声は心たで届き、䞀日分固たっおいた想いを飄々ず溶かしおいく。

「アルマゲドン、ラむム入りバタヌ、バヌムクヌヘン」

僕は昚日䌑んでいたこずを䌝える。するず圌女は「ここに座っお」ず隣を指さした。

初めおのこずで、胞がドキドキする。狭い本棚の間、差し蟌む倕暮れ時の斜陜ず、圌女の匂い。どれもが初めおのこずで、胞の高たりが䞀気に跳ね䞊がる。

圌女の隣たで行くず、腰を䞋ろした。そこには二人だけの小さな䞖界が、埅っおいた。

近くにいる圌女に存圚をしっかりず感じた。圌女は䞀旊床に本を眮くず、僕の方を芋お笑った。

「パンプキンパむ」

そう䞀蚀呟くず、僕からぷいっず目を離しおしたった。

僕は圌女の蚀葉に戞惑い、どうすれば良いか分からなくなる。でも口は、心だけは動いおいお、自然ず蚀葉が出おしたう。

「バナナ入りタルト」

想いは、届いただろうか。䞀日もブランクを空けおしたうずこんなにも䌝えるのが䞋手になるだなんお、知らなかった。

圌女は僕の蚀葉を聞くず、䜙蚈にそっぜを向いおしたった。

そんな圌女を芋おいるず自然ず笑みがこがれお、笑っおしたう。

その笑いは段々ず圢を倉え、圌女も取り蟌んでいった。

本棚の間の、小さな䞖界。少なからずこの時の僕は䞖界䞭で䞀番、おしゃべりだったず思う。

 その日の垰り道。䞉叉路で圌女ず別れるず、僕は家を通り越しおそのたた商店街のパン屋ぞ向かうこずに決めた。

この二週間、色々あった。話せる盞手を芋぀け、逆に話せなくなり、元に戻った。

それは僕に勇気をくれた。幎の人生においお、こんなに掻気に満ち溢れたこずはなかった。蚀葉に察する恐怖は段々ず薄れ、次第に圌女を盟にするこずでなんずか受け身を取る術を芚えおいた。だからこそ、パン屋ぞ向かうこずを決めたのだった。

 昚日の順路を远っおいくように歩いた。自宅の前を通り、次第に商店街ぞず入っおいく。人々の喧噪は倧きく、耇雑な物ぞずなっおいく。

パン屋たでたどり着いた。僕はトレヌずトングを手に取るず昚日ず同じくあんパンずホットドック、さらにはレモン入りタルトをトレヌに移した。

このレモン入りタルトは圌女が今日熱く語っおいた物で、非垞に興味をそそられおいた。

䜕でも、䞭に隠し味ずしお蜂蜜が入っおいるらしい。この蜂蜜ずレモンの盞性がそれはそれは良くお、圌女は「このタルトがあれば生きおいける」、ず絶賛しおいた。

䞉点の商品をしっかりず確認するず、レゞぞず向かった。

「お、お願い、したす」

昚日よりかは幟分、話せおいる気がする。僕はそう蚀うず、レゞにトレヌずトングを眮いた。

店員は僕のこずを芋るやいなや瞬時に袋詰めを始めた。よし、蚀葉も䌝わっおいるみたいだ。

少しばかりの自身が、心に芜生える。

「“”」

䞍意に、店員の口が動いた気がした。がヌっずしおいたせいか蚀葉が聞き取れず、理解ができない。仕方がないので謝り、もう䞀床蚀っお貰うこずにした。

「すみ、たせん。も、もうい、䞀床蚀っお、貰っおも、いい、ですか」

慌おたせいか拙い蚀葉䞊びになっおしたった。

それでも䌝わったのか、店員は再び口を開いた。

「“”“”‘¥」

確かに、店員の口は動いおいた。しっかりず、蚀葉は圌女の口から出おいた。

でもそれが、なんお蚀っおいるのか、党く理解ができなくなっおいた。

僕は焊った。この堎を、䞀䜓どう乗り越えたら良いのか。慌おお、レゞの金額衚瀺を芋る。そこには円ず衚瀺されおいた。

財垃から小銭を取り出し、キャッシングトレヌに乗せる。僕はそこから、無蚀でいるこずしかできなかった。芋蚈らった店員は小銭をレゞに入れ、代わりに商品ずレシヌトを手枡した。

僕はそれを受け取るずすぐさた財垃をしたい、店を飛び出した。

「“”“”」

埌ろでは、店員の声が聞こえる。少し幎期の入った、瞁偎の日だたりのような暖かな声。でも、なんお蚀っおいるのかは、党くず蚀っお良いほど分からなかった。

僕は商店街の喧噪に耳を傟ける。ガダガダずした声。ザワザワずした声。皆、声は分かるのに、意味は党く分からない。䜕かを喋るおばさん。䜕かを熱匁するおじさん。隒ぐ小孊生。皆、なんお蚀っおいるのかは分からない。

そのうち、匷い恐怖ず嫌悪感に襲われた。居おも立っおもいられないほど、匷烈な怖さが身を襲う。僕は飛び出すように商店街を埌にするず䜏宅街でむダホンを着け、家路ぞず着いた。

䜕も考えず、ただその堎から離れたいず䞀心䞍乱に歩き続ける。そしお、気が぀けば家の前ぞずさしかかっおいた。

僕はすぐさた家の鍵を開け、転がり蟌んだ。リビングでは母芪が、䜕かを頬匵りながらテレビを芋おいる。

靎を脱ぎ、そのたた廊䞋を通っお、自宀ぞず向かう。音を立おないように、小走りで。

リビングのドアの前を通った蟺りで偶然、母芪ず目が合っおしたう。

するず母芪は衚情を倉え、鬌のような衚情で僕の方ぞず向かっおくる。

そしお勢いよくドアを開け、僕ぞず突っかかっおきた。

「“」

圌女の口はい぀ものように倧きく開き、匷い音を発しおいた。

だが、オりムの声は音ずしおは聞こえる物の、蚀葉ずしおは䜕䞀぀聞こえず、そのたた空気の䞭に消えおいった。

僕は再来した恐怖により、䞀局足を進めた。ガンガンず足音を立おお二階ぞず逃げ蟌む。

すぐさた郚屋のドアを閉めお暗い郚屋ぞ閉じこもった。

䞀䜓どうしおしたったのだろう。䜕もかも考えがたずたらない䞭、ベッドぞず倒れ蟌んだ。

䜕故理解できないのだろう。䜕故聞こえないのだろう。䜕故なんだ。䜕故、䜕故なのだろう。

脳内をぐるぐるず蚀葉が回る。メリヌゎヌランドのように回る単語に嫌悪感がする。

怖い、怖い。助けお、助けお、助けお。僕が手を䌞ばしたのは、図曞宀にいる圌女だった。柔らかな笑みで、砂糖菓子のような声で、その矎しい蚀葉で、この堎から助け出しお。

そこで、曖昧な意識は途絶えおいた。

 目が芚めた。そこは目を閉じる前ず同じ暗い郚屋で、カヌテンが防ぐ明かりが、うっすらず郚屋を照らしおいた。

䜓をゆっくりず起こす。前日ずは違い、䜓は鉛のように重かった。

壁掛け時蚈を芋る。癜い、なんの凝ったデザむンもない無機質な時蚈は時分を指しおいた。

䞀䜓䜕時間寝おいたのだろう。

䜓に残る恐怖ず、理解のできない蚀葉の数々が頭を駆け巡る。

ああ、死んでしたいそうだ。

吐き気ず嫌悪感が背埌から忍び寄り、僕の心をひねり朰す。

耐えきれなくなり、郚屋から飛び出した。

ずりあえず、颚呂に入ろう。

僕は決意するず二階から降りお、リビングぞず向かった。

そこに、オりムはいた。

䜕気ない顔でおや぀を぀たみながらテレビを芋おいた。

圌女の顔を芋るず途端に、昚日の出来事を思い出す。

カヌカヌず鳎いおくれよ。い぀も通りに。昚日みたいなのは蟞めおくれよ。

悲痛の叫びが、内なる声ずなっお暎れ出す。心が、飛び出しおしたいそうだ。

僕は意を決するず、リビングのドアを開いた。

圌女は突然開いたドアに驚いたのか、それずも未だ家に居る僕に驚いたのか、こっちを振り向くず、数十秒固たった。

そしお理解したのか血盞を倉えるず、僕の方ぞず詰め寄っおきた。

「あんた今日も孊校行っおないの⁉ この先どうするの」

たたカヌカヌず鳎きだしたオりム。圌女の蚀葉が聞こえおきた。

昚日ずは違う、しっかりずした、蚀葉の矅列。僕は安堵から、党身の緊匵が解けたような感芚がした。

「  ご、ごめん、な、さい」

䞀蚀だけ謝るずそそくさず颚呂ぞず向かった。

母芪は僕の蚀葉が聞こえたのか呆気にずられた顔をしおその堎に固たった。

熱いシャワヌを頭の䞊からかけるず、たるでこの数日のこずが倢のように感じられた。

もしこの䞖界に神様がいるなら、きっず圌らは残酷だず思う。

蚀葉を諊めた僕に䞀時の垌望を芋せ、そしおそれを簡単に打ち砕く。

あのパン屋の店員の声。

䜕を蚀っおいるか分からない、けれど䜕かは蚀っおいる。

理解しようずしおも仕切れない、あの恐怖。

思い出しお昚日感じた恐怖がたた戻っおくる気がした。

僕はがヌっずする頭をなんずか働かせるず早々に䜓を掗い、颚呂から出た。

どうしお、あんなにも聞き取れなくなっおしたったのか。

䜕か原因があるんじゃ無いかず思い、䞀日を遡っおいく。

䞀昚日、パン屋に行っお、パンを買っお、家に垰っお、それで寝お、孊校に行った。

そしお圌女ず図曞宀で話し、垰宅途䞭、パン屋に戻った。

ただそれだけの堎面に、原因が隠れおいる。僕にはそれが䜕だか、芋圓を぀けれずにいた。

昚日の䌚話を思い出す。

圌女の甘ったるい声。僕たちだけの秘密の䌚話。冗談亀じりの日だたり。

䜕ら、原因は思い圓たらなかった。

それどころか圌女に䌚いたい想いがどんどん匷くなっおいるのを感じる。

僕は自分の郚屋に戻るず時刻を確認した。時分。この時間では、圌女は垰っおしたっおいる。

壁に掛かっおいる制服ではなく、床に転がっおいるパゞャマに着替えるずベッドに倒れ蟌んだ。

倩井を芋䞊げるず、昚日の垰り道がフラッシュバックしおきた。

むダホンを付けおも聞こえおくる、蚀葉になっおいない声の数々。

思い出すだけで吐き気がこみ䞊げ、思わず嘔吐しそうになる。

あの、オりムの声。

本圓に、動物のように、ただうなり声だけを䞊げおいる圌女の声は、脳裏に焌き付いお離れなかった。

僕はこれからどうすれば良いんだ。

党身を包み蟌む霧のような恐怖から身を守るように䞊から垃団を掛けるず、僕は暫し枕元に転がっおいた本の䞭に入っおいった。

圌女ず過ごす攟課埌ずは遠いものの、本の䞭も独自の暖かさがあった。

早々に忘れよう。

そう決意するず、どんどんず物語の䞖界に没頭しおいった。

この䞖界の蚀葉なら聞き取れる。この䞖界なら、僕のこずを分かっおくれる。

本が圌女の声で語りかけおくるようで、僕はそんな圌女の蚀葉を、意識が萜ちるたで聞き入った。

 翌日、目が芚めるず倖は明るかった。壁に掛かっおいる時蚈を芋る。長針はを、短針はを指しおいた。

眠たい目を擊り、䜓を持ち䞊げる。昚日は恐怖の疲れから、あのたた眠っおしたったらしい。

ずりあえず、たた颚呂に入るこずを決意し、䞋ぞず降りおいった。

リビングには、誰も居なかった。母芪はどうやら仕事に出かけたらしい。

脱衣所たで向かうず、パゞャマを脱ぎ捚お、シャワヌを济びた。

暖かなお湯が、眠気を乗せお流れおいく。ザヌず流れるお湯に、思考すらも奪われそうになる。

颚呂から䞊がるず新たに䞋着を着お、自宀ぞず戻った。

時蚈を確認するず時分だ。僕は制服を着るず䞀昚日買ったパンを食べ、家から出た。

圌女に、䌚いに行かねばなるたい。

昚日感じた恐怖。いただ、思い出す嫌悪感。僕は道䞭䞀杯䞀杯になっお、い぀もより倧きい音量で、倖郚からの蚀葉を遮断した。

そしお孊校に着くず、図曞宀ぞず向かった。唯䞀静で、蚀葉を聞かなくお良い堎所はここしかない。圌女ず話せる堎所は、ここしかない。

い぀も倕暮れ時にしか芋ないクリヌム色の匕き戞は、暗い廊䞋ず盞たっお薄汚れお芋える。

僕は静かに、ドアを開けた。宀内にはい぀もの委員はおらず、目に付くのは叞曞さんだけだった。

目が合うが䞀瀌だけするず本棚ぞず向かった。授業䞭なのに図曞宀にいる僕に、圌は䜕も蚀わなかった。

そのこずに内心感謝し぀぀もい぀もの䞖界ぞず向かう。

そこを曲がればい぀もの堎所だ、ず思った矢先、僕は気配に気が぀いた。

誰かいる。

分類の本棚ず本棚の間に、誰かがいる。息遣いや衣擊れの音、さらにはペヌゞをめくる音。

嫌に耳に付く音に、䞀瞬心が氷のように固たった。

僕の居堎所はここしかないのに。立ちすくんでいる時間が長く、氞遠のように感じる。

意を決しお、本棚の間ぞず足を螏み入れた。

時刻は時分。昌間の陜光がカヌテンの間から差し蟌み、い぀もの倍はある暖かさで人々を瞛り付けおいた。

そこに居たのは、蛯谷瑠果だった。

僕らはお互いの顔を芋合うず、笑みがこがれた。

「卵、ハムレット、マフィン、プリン」

「びっくりした」ず圌女が笑う。僕も同じ反応に、぀い声が倧きくなっおしたう。

なるほど。先皋叞曞が䜕も蚀わなかったのは、圌女が居たからなのか。

玍埗のいく理由に、笑みは益々倧きくなっおしたった。前日の恐怖が吹き飛ぶくらいに。

「マスタヌド、マペネヌズ、ケチャップ、モンブラン」

僕は圌女に「ここに居おも良いかな」ず蚪ねた。するず圌女はそのたたの笑みで、「勿論、良いよ」ず蚀い、隣にスペヌスを空けた。

圌女の隣に座るのも二回目だ。だんだん慣れおきたかなず思い぀぀も、やっぱり䜓は匷ばっおしたう。䞀床䜓の力を抜いお、圌女の隣ぞず腰掛けた。

圌女は僕が座るのを芋るず、芖線を本ぞず戻した。

誰も居ない図曞宀の䞭、本棚の狭間に、二人だけ。昌の倪陜に照らされお、僕は少したどろんでしたう。そんなずきも静かに、隣にいる圌女に、この䞖界に代え難い、暖かな存圚を感じおいた。

 キヌンコヌンカヌンコヌン。

チャむムの音がする。僕は慌おお目を芚たした。

䜓をゆっくりず起こす。堅い床に寝おいたせいかい぀もより䜓が重い。

呚囲はい぀もず倉わらない図曞宀で、色ずりどりの背衚玙が僕を取り囲んでいた。

䞍意に、䜕かがずれ萜ちるような感芚がした。よく芋るず、僕の䜓には薄緑色のタオルケットが掛けられおいる。

どうやらそのたた、寝おしたったようだ。ず蚀うこずは、このタオルケットは圌女の物か。

呚囲を芋枡し、圌女を探す。

圌女は案倖近くに居お、僕の隣で真剣に本ずにらめっこしおいた。

「春、癜い雲、ラスク」

「寝おいたのか」。䞍意に口から蚀葉がこがれ萜ちた。

僕が起きた気配に気が぀いたのか圌女は本から芖線を䞊げるず、自然にニダッず笑った。

「はちみ぀、雪だるた、陶噚のマグカップ、タルトタタン」

「そうだよ。昌ご飯もすっ飛ばしお。よっぜど、疲れおいたんだね」

無償の愛に、涙がこがれそうになる。安心しおゆっくり眠れたのは久しぶりだった。

「これ、君の」

僕は床にずり萜ちたタオルケットを拟うず、軜く畳んだ。

「そうだよ。い぀も鞄に入れおる、お気に入り」

屈蚗のない笑顔でそう蚀う圌女は僕からタオルケットを受け取り、自分の膝にかけ始めた。

䜓に残る甘い匂いは、そのタオルケットに䜿われおいる柔軟剀の匂いだろうか。それずも、圌女の匂いなのだろうか。

優しい匂いに包たれお、僕はどこたでも融かされそうな、そんな気がした。

僕は優しいものに包たれる床、気分が暗くなる。顔がこわばる感芚がする。心が暎れ始めお、居おも立っおも居られなくなる。

それは拒絶なのだろうか。芋知らぬ優しさぞの、敵察心なのだろうか。

それがなんなのかは分からなかったが、ずっず、僕の心に映し出されおいる蚀葉があった。

助けおほしい。

心に映し出すのは簡単だ。でも口に出すのは、蚀葉を話すのは、ずおも出来なかった。

匷い違和感ず嫌悪感がこみ䞊げおきお、僕は慌おお口元を抌さえた。

「どうしたの」

圌女は玔粋に、心配そうな芖線を僕に向けおくる。

圌女しか、圌女しか僕の蚀葉が通じる人は居ない。

圌女を倱えば僕の䞖界は䞀生孀独で、寂しい星の惑星ぞず倉わっおしたう。それどころか、圌女の埌を芋る床に、胞がきゅうず締め付けられ、苊しくなるこずだろう。

「  倧䞈倫だよ」

僕は安心させるため、わざず嘘を぀いた。圌女に䟝存しおいく自分が怖い。

圌女ずしか話せない自分が怖い。蚀葉が理解できなくなっおいく、その感芚が、怖い。

窓から泚ぐ午埌の日だたりが、僕の䜓にたずわり぀いお離れない。

気持ち悪いのに、吐き気がするほど気持ち悪いのに、離れない。

俯きながら、自分を抌さえ蟌んだ。

「䜕か隠し事しおない」

黒い靄の䞭に、倕暮れ時の斜陜が、うっすらず差し蟌んだ気がした。

雚䞊がりの倕焌け。真っ赀で、暖かくお、どこかさみしい。

圌女の䞀蚀は、そんな蚀葉だった。

「  しおないよ」

僕はあくたでも、嘘を぀き通す。圌女にバレたくない。バレおしたえば、迷惑だったね。ごめんね。ず関係が終わっおしたう。それは僕の䞭では、死ぬよりも、嫌なこずだった。

「嘘。君の顔を芋れば分かるよ。苊しいっお。気持ち悪いっお。そう蚀う顔をしおるよ。だから、話しお。同じ星の䜏民同士」

圌女の声が図曞宀に響き枡った。い぀もの話し声ずは違う、匷い声。

誰もいない午埌の図曞宀に、響き枡る。

僕はゆっくりず顔を䞊げた。

そこには、圌女がいた。本なんか手攟しお、僕の手を握り続ける圌女が、そこに座っおいた。

「やっず、こっち芋おくれた」

屈蚗のない笑顔が、僕のくすんだ双眞に光をもたらした。

思わず、胞が高鳎っおしたう。

「ねぇ、話しおみおよ。私は、どこぞも行かないからさ」

本棚ず本棚の間の、二人だけの䞖界。圌女ず手を繋いで、座っおいるだけの、小さな惑星。

僕はほんのちょっずだけ、勇気を出しおみるこずにした。

「  段々、聞こえなくなっおいるんだ。あの蚀語が。前たでは違和感を抱いただけだったのに、この頃、特に聞こえなくなっおる。䞀昚日、勇気を出しお街たで行っおみたんだ。だけど店員さんの声は聞こえおも、蚀葉は聞こえなかった。怖い。怖いんだ。蚀葉が、聞こえなくなっちゃうんじゃないかっお」

蚀葉をひねり出すず、肩の力を抜いた。想像以䞊に力が入っおいたらしく、匷めの疲劎感が䜓を襲う。

圌女は僕の手を握ったたた、蚀葉を咀嚌しおいるのか数秒間䞋を向いおいた。

そしお顔を䞊げるず、その顔にはただ芋たこずのない、圌女の真剣な衚情が写っおいた。

「  どこから話せば良いかな」

ゆっくりず、砂糖菓子のような声で蚀葉を玡いでいく。

栗色の髪が倪陜の光でより、色を匷めおいる。

い぀になく圌女は、矎しかった。

「私が、完党にあの蚀語を聞き取れなくなったのは、小孊校幎生の頃。それたでは君ず同じく違和感を持っおいただけだった。あるずき、委員䌚で倉わった女の子を芋぀けたの。䞀぀䞊の子で、長い、綺麗な黒い髪をした、県鏡をかけた、おずなしめの女の子」

圌女は物語を綎るように目を閉じお、語り始めた。

「その女の子は、私が無理に話そうずしおいた蚀葉じゃなくっお、自分だけの、倉わった蚀葉を綎っおいた。そのこずを知ったら、䜕だか自分が銬鹿らしくなっちゃっお。無理に話す必芁はないんだっお。それで、その女の子ず仲良くなっお、その女の子ずしか話さない、そんな日垞を送っおいた。それで、その女の子はそのたた卒業しおいっおしたっお。たたあの蚀葉を話すのかヌなんお、軜い気持ちでいたの。でもあるずき、気が぀いたら、私は党く分からなくなっおいたよ。あの蚀語を」

圌女の蚀葉の重みに、たずわり぀いおいた斜陜がもっず重たくなるのを感じた。

これでは、実質「私のせいだよ」ず口にしおいるような物ではないか。

「そこから私は、『䞍思議ちゃん』になった。倚分だけど、君が話せなくなっお蚀っおいるのは、この蚀語に浞りすぎおいるからなんだよ。私ず䞀緒にね」

䞍意に、廊䞋から颚の吹き抜ける音がここたで響いおきた気がした。びゅうずいう颚切り音は、たるで僕たちの間を切り裂くように、真っ盎ぐにここたで飛び蟌んできた。

僕は、圌女が次になんお蚀うのか知っおいる。䌊達に、同じ星に棲んでいない。

圌女ず亀わした蚀葉の数々が、脳裏に思い出ずなっおよみがえっおくる。

「ごめんね」

圌女はそう蚀うず、僕の手を離した。そしお、床に眮いた本を手に取るず、衚玙をじっくりず眺めるように、俯いた。

「私のせいで、君は蚀葉を倱っおいる。本圓に、悪かった」

俯いたたた、淡々ず蚀葉を流す圌女に、少しばかり、気が立っおきた。

違う。君のせいなんかじゃない。君が謝るような内容じゃない。

これは、これはきっず、神様が決めた運呜なんだ。

「  違う。君が謝るようなこずじゃない」

本の衚玙をなぞる圌女の手を䞊から自分の手で芆い被せた。

「これは、神様が決めたルヌルなんだ。元から、僕が話せる蚀語はこの蚀語だけ。今たで無理しお話しお、それが祟っお、蚀葉が分からなくなったんだ。元に戻っただけだよ」

心の奥底に貯たっおいた黒い液䜓を、バシャッずひっくり返した。

少しばかり、心が軜くなった気がする。

「  そんなこずはないよ。私は、こういう結末が蚪れるこずを知っおいた。だっお、自分が昔に䞀床、䜓隓しおるから。話し盞手が欲しいばっかりに君を䜿うだなんお、本圓にひどい奎だず思う。私は、自分勝手だ」

圌女は俯きながら懺悔した。党お、自分が悪いんだず。

圌女の手が、かすかに震えおいるのを感じた。小刻みにブルブルず震えおいる真っ癜な手を、震えを止めるように匷く握りしめる。

それでも、手の震えは䞀向に収たらなかった。

「ごめん。だから、最埌に、質問させおほしい」

䞀呌吞眮くず、圌女は蚀葉を玡ぎ始めた。それは、この関係ぞの終止笊の蚀葉だ。

どっちにしろ、隠し事は出来なかった。だっお、同じ星に䜏んでいるのだから。

僕は圌女の蚀葉を噛みしめるように、ゆっくりず耳を傟けた。

「私ず、二人だけの䞖界で生きおいきたいか、それずも珟実を取るか。わがたただっお知っおいる。けれど君ず出䌚えたのも、さっきの蚀葉を借りるなら運呜だ。だから私は、君を離したくない」

圌女は顔を䞊げ、僕ず芖線を合わせる。䞞い瞳に宿るい぀になく匷い力に、僕の心は圌女に惹かれおいた。こんなにも他人ず真剣に話し合えたのは、初めおだったから。

「    」

圌女の話が終わるず、僕は脳内で圌女の蚀葉を敎理し始めた。

粟䞀杯を振り絞っお攟たれた蚀葉は䜙すずころがないよう、しっかりず拟い䞊げた。

今床は、僕が答えを芋぀ける番だ。

「    分かった。でも、考える時間がほしい」

「うん、い぀でも埅っおるよ」

匷い力の瞳はい぀の間にかい぀も通り柔らかく笑う圌女の瞳に倉わっおいた。

段々ず、倖の色が倉わっおきた気がする。さっきたであんなにも煌々ずしおいた倪陜は、雰囲気を倉え灰色のフィルタヌを通したように、ほんの少しだけ暗くなっおいる。

キヌンコヌンカヌンコヌン。

午埌の授業終了のチャむムが鳎った。廊䞋からは䞀斉に垭の立぀音や話し声が聞こえおきた。

「ありがずう。話しを聞いおくれお」

僕はそう蚀っお立ち䞊がった。ずっず座っおいたせいか、䜓がパキパキ鳎る。

あっずいう間に過ぎた午埌の時間。でもそれはかけがえのない、遞択の時間ぞず倉わっおしたった。

圌女が勇気を出しお口を開いおくれたように、これからは、僕の番だ。

改めお心を入れ替えるず鞄からむダホンを取り出し、圌女に別れを告げた。

「じゃあ、今日は垰るよ」

「うん。君もきっず疲れおいるから、今日はゆっくり䌑んでね」

栗色の髪をふんわりず振りながら、圌女は埮笑んだ。

髪の䞊で揺れるガラスの靎のヘアピンが、窓から差す朚挏れ日に反射しお、キラキラず茝いおいた。

この蚘事を曞いた人
う぀がや

東京郜出身2004幎生たれA型倧孊生ブロガヌ。
文章を曞くこずが奜きで2022幎よりブログ「駄文の連なり」を運営䞭。
最近はずっず真倜䞭でいいのに。に激ハマりしおいる。

タむトルずURLをコピヌしたした